教育

Education

研究内容

周産期分野

1.早産、PROMの発生機序の解明とその制御に関する研究

  1. 妊娠維持機構とその破綻である早産の発生機序の解明
     (胎児尿由来トリプシン インヒビター(UTI)が羊水中には多量に存在していること、これが妊娠維持機構において重要な役割を果たしていることを多方面から証明した)。
     UTI 分子を構成する各ドメインがそれぞれ有している生物学的作用を明らかにし、殊に UTI には従来知られていた酵素阻害作用の他にサイトカイン抑制作用があることを発見した。この UTI がサイトカイン抑制する作用機序は、UTI が細胞膜に結合して細胞内への Ca 流入(Ca2+ influx)を抑制し、その結果細胞内シグナル伝達を抑制することによることを明らかにした。UTI が作用するサイトカインの主なものは インターロイキン-1、インターロイキン-8 であり、これらのサイトカインは分娩発来機構において主役をなす重要な中間作動物質であるだけに、UTI によるサイトカインの制御は妊娠維持機構において大きな役割を果たしている。
     早産は妊娠維持機構の破綻であり、サイトカインの発現(炎症性反応、感染とは限らない)とその制御機序とのバランスの破綻であることを明らかにした。
  2. 胎児尿由来トリプシン インヒビター腟座剤による切迫早産の治療
     (当科の基礎研究から発展した治療薬で全国から問い合わせが多い)
     妊娠維持機構に重要な役割をしている UTI を、その破綻である早産において臨床応用し、その有用性を世界で初めて報告した。本法は羊水中の生理活性物質を、経腟的に投与するという画期的治療法であり、全国的にも治験が開始された。
  3. 早産予知マーカーとしての好中球エラスターゼの測定と測定キットの開発
     (未熟児出生を予防するための測定キットで現在2分で測定可能な簡易キットも開発されている)
     早産予知マーカーとして頚管粘液中の好中球エラスターゼを測定する意義を初めて報告した。血液中のエラスターゼを測定する試薬は既に発売されているが、これは血液中のエラスターゼがα1トリプシンインヒビターと結合していることを利用したものであり、頚管粘液中エラスターゼのようにフリー体、および結合体が存在する場合には適していない。そこで両者を測定することが可能なキットを開発した。既に薬事審議会の審査も通過し、エラスペックという名称で近日中に市販される予定である。この測定は早産の予知や早期の診断法として期待されている。
  4. PROM の成因と治療に関する研究
     (プロテアーゼ、プロテアーゼインヒビターのインバランスによって PROM が発症することを生化学的に報告した)
     PROM の成因は羊膜の緻密層構成成分であるコラーゲンのうち III 型コラーゲンが選択的に分解されることによる卵膜の脆弱性が原因であることを初めて明らかにした。III 型コラーゲンを特異的に分解する酵素としてはトリプシンとエラスターゼが知られている。PROM の成因には胎便を中心とする内的要因(トリプシン)と炎症による外的要因(エラスターゼ)が関与していることが判明した。前者は高位破水や羊膜結節(amnion nodosum)の原因となり、後者は頚管炎、絨毛羊膜炎を伴う PROM の起因物質となる。羊水中にはこれらの酵素に阻害作用を有する物質(UTI、α1トリプシンインヒビター)が存在するが、それ以上に酵素による分解作用が強い時に PROM が発生すると考えられる。

2.子宮頸管の熟化機構の解明とその制御に関する研究

子宮頚管の熟化機構に関し、サイトカイン、コラゲナーゼ、エラスターゼなどのメディエーターの果たす役割や、これらの発現が何により制御されているのかを明らかにした。インターロイキン-8が子宮頚管の熟化機構の中心的役割を果たしていることを明らかにした。

  1. 子宮頚管の熟化機構の解明
     熟化した頚管において各種メディエーターを測定し、血中にコラーゲン代謝物が検出されることを証明した。

  2. インターロイキン-8 の子宮頚管熟化作用とその臨床応用
     (インターロイキン-8 は頚管熟化における主たるサイトカインであることを証明し、インターロイキン-8 腟錠を作製して家兎に用い、著明に頚管が熟化することを実証した)
     インターロイキン-8 腟錠は将来、 画期的な頚管熟化剤となるであろう。現在、その安全性、および有効性試験が開始された。21世紀には陣痛などの痛みがないままに、子宮口を全開大させることが可能になると信じ、全力を挙げて更に研究を行うことにしている。
       また、逆にその阻害剤としての UTI 腟錠の効果を家兎を用いて証明した。頚管無力症で胎胞膨隆例においてマクドナルド氏手術を行わず、UTI 腟錠連日腟内挿入により妊娠が末期まで維持されることを臨床的にも証明した。
  3. DHAS の子宮頚管熟化作用のメカニズム
     DHAS により III 型および IV 型のコラーゲン分解が亢進することを証明した。DHAS によりインターロイキン-8 レセプターが発現されることを明らかにした。
  4. 子宮頚管へのストレッチングが頚管熟化作用に及ぼす影響
     羊膜上皮細胞のストレッチング (伸展刺激) によりプロスタグランディンが産生されることを証明した。さらにまた、ストレッチングによりインターロイキン-8 が蛋白レベル、および mRNAレベルにおいて発現されることを見い出した。卵膜剥離術やラミナリア桿挿入の頚管熟化作用機序を明らかにした。

3.妊娠高血圧症候群の発生機序に関する研究

  1. 妊娠高血圧症候群における血管内皮障害、 血流障害
     (エンドセリンが血液凝固系にも関与していることを初めて報告した)  妊娠高血圧症候群では、妊娠子宮の圧迫による血流障害、 血小板の活性化がみられ、血管攣縮の作動物質としてエンドセリンが重要であることを証明した。
  2. HELLP 症候群と血管攣縮
     (妊娠高血圧症候群の病因について新しい考え方を提唱した)
     HELLP 症候群は肝動脈が攣縮することにより起こる症候群であることを血管造影などにより世界で初めて証明した。また、子癇における脳動脈の攣縮を MR angiography にて証明した。妊娠中毒症にみられる子宮動脈の攣縮による IUGR の発生や胎盤機能不全も一連の症候群として捉えることができ、これらの妊娠高血圧症候群にみられる血管攣縮の病態を angiospastic syndrome in pregnancy という概念で総括することが可能であると提唱した。
     今後、血管攣縮の機序を明らかにしていく必要があるが、現在までの成績では、その主役をなすものは、腹腔神経節の刺激(妊娠子宮の増大、腎動静脈による圧迫など)と考えている。門脈系血管の先天性走行奇形により腎動静脈、及びその直下にある腹腔神経節が圧迫され、妊娠20週という早期から重症妊娠高血圧症候群が発症した4例を経験した。これらは妊娠高血圧症候群の天与の実験モデル(experiments of nature)と言えるであろう。
  3. 妊娠高血圧症候群における血液凝固の変化
     妊娠高血圧症候群の病態は、血液学的には chronic DIC であることを証明した。血液凝固学的パラメーターと妊娠高血圧症候群の重症度パラメーターとの正準相関分析など、多変量解析を行い、両者が良く相関することを明らかにし、この数式を用い抗凝固製剤の妊娠高血圧症候群治療効果の判定に応用した。

  4. AT- による妊娠高血圧症候群の治療
     世界に先駆け AT- による妊娠高血圧症候群の治療を提唱、その有効性を証明した。

4.羊水塞栓症の診断法の開発

  1. Zn coproporphyrin による羊水塞栓症の診断
     胎便中の蛍光物質を分離、精製、同定を行い、Zn coproporphyrin であることが判明した。この胎便固有のポルフィリンを用いた羊水塞栓症の診断法を確立した。
  2. STN 抗原による羊水塞栓症の診断
     胎便あるいは羊水由来の糖鎖抗原による羊水塞栓症の診断法を確立した。現在までに海外からも含め全国各地より28例の羊水塞栓症の症例の血清および肺組織が寄せられた。羊水塞栓症とは診断し得なかった症例においても多数の血清が寄せられたが、陽性と判定された28例においては医事紛争に巻き込まれることもなかったようである。今後も分娩時のショック等も含め、羊水塞栓症が疑わしい場合には血液を当教室宛にお送り願いたい。

5.周産期と血液凝固線溶に関する研究

  1. 産科 DIC の病態と治療
     産科ショックとDICに関する研究は、当教室の中心的研究の一つであり、厚生省難病研究 "後天性血液凝固異常に関する研究班"の一員として研究を行ってきた。
  2. 乳児ビタミンK欠乏性頭蓋内出血症  ヘパプラスチンテストによる乳児ビタミン K 欠乏性頭蓋内出血症の管理方式は静岡県方式として全国に認められた。年間県内で約10数例発生していた本症が現在では0例になった。
     またビタミンK2が乳汁中に濃縮排泄されることを世界で初めて明らかにした。
  3. 血小板活性化に関する基礎的研究
     血小板活性化における膜脂質の役割を追求した。妊娠中毒症における血小板活性化、抗リン脂質抗体症候群、アポトーシスなどにおける細胞膜の変化、殊に血小板活性化に伴う膜の翻転現象であるフリップ・フロップ現象について研究を行っている。また、血小板活性化に伴う凝固反応を抑制する臨床治療応用も試みている。
  4. 胎盤の血流保持機構に関する研究
     線溶阻止物質過剰の胎盤における巧妙な線溶保持機構を様々な角度から証明し、特に活性化プロテインCの重要性を解明した。
  5. 先天性血液凝固異常と妊娠・分娩
     教室のモットーである "experiments of nature (天与の実験モデル)"の研究は世界的な評価を受けている。世界で初めてのケースを経験 (先天性無線維素原血症の分娩例、先天性第 XIII 因子欠乏症が XIII 因子補充療法にて分娩した症例、先天性フィブロネクチン・レセプター欠乏症の分娩例) した。これらの血液凝固因子は妊娠の維持に必須の物質であり、着床のメカニズムを知るうえでの天与の実験モデルと言える。
  6. 血液疾患と妊娠・分娩
     全国から血液疾患合併妊娠のコンサルトが多い。
  7. その他の妊娠合併症 (腎疾患)
     腎移植後妊娠、人工透析中妊娠などのハイリスク妊婦の管理指針を研究している。
  8. 胎盤早期剥離の発生機序に関する研究
     胎盤早期剥離が炎症によっても起こる可能性があること、及びそのメカニズムを解明した。また胎盤早期剥離の早期診断への可能性を開いた。

6.近赤外分光測定装置による胎児脳酸素代謝の研究

 分娩監視装置は胎児管理に有用であるが、直接脳内の酸素状態を測定するものではない。近赤外分光測定装置は、非侵襲的に直接脳血液動態や脳内酸素代謝状態を測定でき、浜松ホトニクス株式会社の協力のもと、神経系後遺症発生防止に積極的に取り組んでいる。

7.栄養代謝に関する研究

  1. 消費エネルギーの簡易測定装置の開発
     加速度センサを用い歩行時の呼気分析から容易に消費カロリーを計測できるカロリーカウンターを開発し、広く世に普及させた。
  2. 肥満治療に関する研究
     肥満に対する超低カロリー療法と脂質代謝の関連を研究している。
  3. 妊婦貧血に関する研究
     妊婦貧血に対するクエン酸第1鉄ナトリウムの投与の有効性とその機序について研究した。
  4. 妊婦の食生活
     新生児ビタミンK欠乏症予防のための多数例の解析を全国に先駆け全県的に実施した。

腫瘍学分野

1.悪性腫瘍に対する抗腫瘍薬の開発

2.子宮内膜症に関する研究

 (子宮内膜症の発症メカニズムの解明、 および本疾患に有用な腫瘍マーカーである CA125 の分子構造解析に成功した)
 CA125 は卵巣癌の腫瘍マーカーとして開発されたものであるが、 卵巣癌細胞のみならず子宮内膜症組織、特に異所子宮内膜腺管上皮細胞からも大量に産生されることが判明した。 卵巣癌細胞および異所子宮内膜腺管上皮細胞培養上清から CA125 を精製した結果、 卵巣癌細胞由来 CA125 と異所子宮内膜腺管上皮細胞由来 CA125 はその分子量に差があり、 110 kDa の分子量を持つ CA125 は異所子宮内膜腺管上皮細胞にのみ認められた。この差を利用することにより卵巣癌と子宮内膜症の鑑別が可能になった。

3.悪性腫瘍の診断と治療法の開発

  1. 腫瘍マーカーに関する研究
     (腫瘍マーカー CA125 の研究に関して日本のトップクラスの仕事である)
     卵巣癌の腫瘍マーカーを主に研究しており、 CA125, CA130, CA602 および糖鎖母核構造を認識する Sialyl Tn, CA54/61, CA72-4 の構造解析、 臨床応用について研究してきた。これらの腫瘍マーカー値と患者の予後について臨床的解析を加え、 癌化学療法剤の選択等に関し実地臨床に応用している。さらに卵巣癌患者を早期に発見するために腫瘍マーカーを利用した卵巣癌検診を昭和60年(1985年)から静岡県下で実施し、10年が経過したところであり、 現在受検者数は約8万例を数えるに至った。詳細は卵巣癌検診の項目を参照されたい。
  2. 制癌剤感受性試験
     (臨床に応用可能な簡便な制癌剤感受性試験を開発した)
     クリスタルヴィオレット取り込みという簡易検査であり、 実際に臨床の場で役立てようとしている。数ある制癌剤感受性試験のなかで本法は臨床医向けの検査と言える。
  3. 化学療法副作用対策
     (化学療法に対する副作用軽減と患者の QOL 向上のために基礎的、 臨床的研究を行った。特にシスプラチンによる腎毒性を軽減するための新しい薬剤を開発し、 全国治験を行い、有効性と安全性が確認された)
     卵巣癌患者に対する化学療法はシスプラチンの登場により治療成績が向上した。しかし、 シスプラチンには腎障害という不可逆的な副作用があるため、 投与には慎重でなければならない。われわれは家兎を用いてシスプラチンの腎障害の発生メカニズムを解明した結果、腎臓の近位尿細管細胞のライソゾーム膜破壊が原因であり、 二次的に細胞の破壊、壊死を引き起こすことを確認した。 そこでこのライソゾーム膜破壊を防ぐため、 protease inhibitor である UTI を使用すると、 完全に腎障害が抑制されることが家兎実験にて確認された。この結果を踏まえて全国で治験 (第3相臨床治験) が終了し有効性と安全性に関して結論が得られ、 UTI がシスプラチンの腎毒性を抑制することが確認された。 将来の臨床応用により患者の QOL 向上に大きく寄与するものと思われる。
  4. 子宮癌
     (子宮癌の疫学調査で子宮体癌患者家系に大腸癌患者の集積が多いことを発見した)
     子宮頚癌、子宮体癌の疫学調査を行った結果、子宮体癌患者家系には大腸癌患者の集積が多いことが発見された。この大腸癌には FAP と HNPCC の家系が発見されたが、子宮体癌家系には HNPCC の合併が多いように思われ、現在、遺伝子解析により結果を集積しているところである。平成7年(1995年)に家族性腫瘍研究会が発足し、婦人科領域では浜松医大が担当することになった。これにより遺伝性腫瘍患者の家系が登録され、必要な情報が科を越えて交換出来るようになり、将来の遺伝子解析に威力を発揮するようになる。

生殖医学分野

1.着床機序に関する研究

 (子宮内膜の着床におけるメカニズムを解明した)
 受精卵が子宮内膜細胞に着床するメカニズムは、これだけ生殖医学の進歩した現在でも依然として不明のままである。不妊という病態に関して、卵の成熟障害には排卵誘発剤、卵管通過障害には体外受精、精子の受精障害には顕微受精、とその障害はつぎつぎと克服されてきた。しかしながら唯一、着床障害に対してだけは何ら決定的な対処法は見いだされてこなかった。しかし我々は、ある種の先天性凝固因子欠損症患者妊婦がたとえ胎児が健常でも補充療法なしには全て妊娠初期に流産してしまうという事実をもとに、長年の研究の末、ついに着床のうち特に初期胚の接着現象についてそのメカニズムの一端を解明することができた。

2.妊娠率向上

 排卵誘発剤により排卵障害が克服されたのち、卵管の通過性が保たれているにもかかわらず妊娠をみない難治性不妊症は長く我々の前に立ちはだかる大きな壁であった。そこで我々は精子の受精能獲得操作に関していくつかの研究を行った。そしてその成果と排卵誘発治療を組み合わせることによってこれらの患者の治療において高い臨床成績を得るに至った。

3.精子運動活発化に関する研究

感染に関する研究

1.HBS母児垂直感染の予防に関する研究

 静岡県方式を確立し、HB キャリア母子感染防止対策を実施している。

2.HIVに関する研究

 HIVの母子感染防止対策を研究している。

3.STDに関する研究

 静岡県下に STD の対策事業を実施した。

地域産婦人科医会との共同研究

1. 絨毛性腫瘍の登録事業

 昭和52年(1977)年より静岡県下における絨毛性疾患の完全登録を目指し、絨毛癌の予防および治療を研究している。

その他の分野

1.手術法に関する研究

 腟欠損症に対する理想的手術法を研究開発し、患者の QOL の向上に貢献している。

2.精神衛生

 産婦人科医の立場から女性のこころの問題を取り上げた。