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研究活動

研究の背景

「細胞周期」は発生、細胞分化、器官形成、増殖、成熟、生殖など生命現象の各過程で緻密に制御されており、生命現象の分子基盤と言える。血液系の細胞は様々な増殖因子や分化誘導因子によって増殖や分化していく。一方で、成人の体細胞の多くは増殖シグナルがない状態ではG0期と呼ばれる静止期にあり、肝細胞や皮膚の細胞の様に増殖シグナルによって再び増殖サイクルに入る細胞や、神経細胞のように再び増殖サイクルに入らない細胞もある。この生命現象の分子基盤である細胞周期制御機構に異常が生じると、細胞はアポトーシスに至ったり、癌化したりする。これまでの研究で細胞周期のエンジンであるサイクリン依存性キナーゼおよびその活性化因子や抑制因子による活性調節機構が明らかになり、さらに染色体分配・細胞分裂機構についても詳細な解析が行われ、「細胞周期」の基本制御機構はかなりの部分が明らかになってきた。しかし「細胞周期制御」は「細胞運命」のキーポイントでありながら、発生、細胞分化、器官形成、増殖、成熟、生殖など生命現象の各過程と細胞周期制御機構とのクロストークの分子メカニズムに関してはほとんど未知といえる。我々は「ユビキチンシステム」「エピジェネティクス」「ノンコーディングRNA」「DNA損傷応答」に重点を置いて研究し、それらの解明を目指している。

ユビキチンシステムと細胞周期

「ユビキチンプロテアソームシステム」は特異性の高い細胞内タンパク質分解機構で、「細胞周期」はもちろん様々な細胞機能を制御している。約3万の人の遺伝子のうち数千がこのメカニズムによって量的制御を受けていると言われる。ユビキチン(E3)リガーゼは約千存在しているが、E3リガーゼとその標的分子の関係が明らかになったのは一部にすぎない。我々は特に、細胞周期制御分子、癌遺伝子・癌抑制遺伝子の分解機構にファオーカスし、それらに対するE3リガーゼの同定と生理的意義の解明を目指している。「ユビキチンプロテアソームシステム」の異常は分解されるべき標的タンパク質の過剰発現や異常蓄積を引き起こしたり、逆に過剰な分解による枯渇をもたらす。これらの異常は細胞の癌化やアポトーシスと深く関与し、タンパク質の異常な蓄積は神経変性疾患に代表される「たまり病」の原因となっている。癌化においては、このタンパク質分解機構の破綻により癌抑制遺伝子産物の分解亢進や癌遺伝子産物の発現量増大が関与する。我々はE3リガーゼMdm2の発現亢進がp53だけでなくRBの分解亢進を引き起こす事を見出した。一方で、E3リガーゼであるSkp2の発現によるp27の分解亢進は癌の予後不良に関与する。我々はPirh2を新たなp27のE3リガーゼとして同定した。SCF型E3リガーゼであるFbw7は主に癌遺伝子産物を標的にしており、その遺伝子変異はc-Myc等の標的癌遺伝子産物の発現量を増加させる。我々はFbw7の新たな標的としてc-Myb、GATA2、GATA3を同定した。Fbw7結合配列に変異導入したc-Mybを発現するノックインマウスを作成したところ、造血系細胞分化の異常が見られ、Fbw7依存的なc-Myb分解の必要性が証明された。

 引き続き我々は「細胞運命」を左右する重要なタンパク質に注目し、そのユビキチンリガーゼや分解シグナルの同定と生理的意義を明らかにすることを目指している。

長鎖ノンコーディングRNAとクロマチン制御

「長鎖ノンコーディングRNA」(long non-coding RNA, lncRNA)は、①200nt以上の長さをもつ、②タンパク質をコードしない、③主にmRNA型のRNAである。ヒトやマウスといったほ乳類で、大量の長鎖非コードRNAが発見されている(約7,000-23,000種類)。その一部は、選択的スプライシング、核輸送、miRNAの前駆体、miRNA分解、エピジェネティック制御などに働いている事がわかってきた。しかしながら、いまだに多くのlncRNAはその機能が明らかになっておらず、その生物学的意義が注目を集めている。我々は長鎖ノンコーディングRNA によるクロマチン制御機構について研究を進めている。我々はCDK inhibitor p16/15等遺伝子の発現制御において、クロマチン制御因子であるポリコム複合体PRC2が長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA) であるANRILによってINK4遺伝子座にリクルートされ、ヒストンのメチル化を介して発現抑制されていることを報告した。さらに細胞悪性化に関与する長鎖ノンコーディングRNAの機能に着目している。最近TGF-betaによって誘導され、上皮間葉転換(EMT)の誘導に正に機能する新規lncRNA ELIT-1を発見した。ELIT-1はSmad3と結合して標的遺伝子のSmad結合配列へのリクルートを促進し、Snailやvimentin、PAI-1などの標的遺伝子の発現誘導に関与し、EMT進行に寄与していることがわかった。

X染色体不活性化の分子機構

X染色体不活性化は哺乳類の雌に見られる現象であり、2本あるX染色体の片方を不活性化し,X染色体連鎖遺伝子量を雄と等量になるよう調節している。一度不活性化したX染色体は、その不活性状態か細胞分裂を経ても体細胞系列で維持される。この特徴から、X染色体不活性化はエピジェネティクス研究の重要なモデルの1つとなっている。X染色体不活性化には2つの長鎖ノンコーディングRNAであるXistとTsixが重要な役割を果たしている。Xistは将来不活性化するX染色体に局在し、不活性化を開始する。一方で、XistのアンチセンスRNAであるTsixはXistの発現を負に調節し、不活性化の選択を行う。我々は長鎖ノンコーディングRNAによるクロマチン制御機構について、X染色体不活性化をモデルに研究を進めている。

DNA損傷応答制御機構

我々、ヒトを含め哺乳動物においてDNAの安定性を維持することは、癌を防ぐ意味で非常に重要である。このため真核細胞にはチェックポイントと呼ばれる機構が発達しDNA恒常性の監視を行い、DNA損傷が発生した時には多様なDNA修復機構により損傷の修復がなされる。最近になり生物体内において発生するDNA障害の多くはDNA複製過程と密接に関わっていることが解ってきた。したがって、哺乳動物細胞においてDNA複製の開始から完了までの詳細な機構を解き明かすことはDNA安定性維持のために極めて重要であると考えられる。当講座の丹伊田浩行准教授のグループは、特にヌクレオチド修復機構に注目してその新たな調節機構について研究している。特に、ヒストンアセチル化酵素であるHBO1はUVダメージにより障害部位にリクルートされ、ヒストンのアセチル化を介してクロマチンを緩め、ヌクレオチド修復因子のリクルートを助けていることを見出した。またヒストン脱アセチル化酵素HDAC3は障害の起こっていないクロマチンでXPCをリリースするのに機能していることを見出した。