浜松医科大学 NEWSLETTER 2022.3 (Vol.48 No.2)
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7NEWSLETTERg Staff ―退職によせて― Messages from Outgoing Staff ― 本学における7年の在任期間中に、生体光イメージング技術の開発と応用、静岡大学との光医工学共同専攻設置に携わり、専任教員を務めてきました。学部の学生さんとは殆ど接点はありませんでしたが、基礎配属で学生さんと楽しく研究を行えたことは良い思い出です。小児神経学、認知脳科学、生体医用光学を専門とし、これらは私が医学部を目指した動機である「脳の病気を治したい」で繋がります。新生児の低酸素症性虚血性脳症の予防・治療法開発を目指して、北海道大学電子科学研究所でミトコンドリアの研究をする一方で、組織酸素モニタとしての可能性を持つ近赤外線スペクトロスコピ(NIRS)の開発にも参画しました。さらに、NIRSが神経機能イメージング法としても有用であることを見出し、機能的NIRSブームを引き起こしましたが、臨床応用を進める上でNIRSには限界がありました。そこで、その限界を乗り越えるために拡散光トモグラフィの開発に着手して現在に至っています。結局、ゴールに到達できずに時間切れかなと思ったのですが、アディショナルタイムにもうひと頑張りさせていただくことになりました。今後もしばらくは半田山で活動していますので、引き続きよろしくお願いいたします。半田山の坂を登った先の教育棟玄関の階段で、学長だった吉利和先生を中心に1年生全員の入学記念の写真撮影が行われました。以来、本学卒業後5年間程度の病院赴任と大学院生の時期を除き、ほぼ大学より禄を賜ってきました。 生来、物事にすぐ退屈してしまう性格のため、長い医者人生はすぐ飽きてしまうのではと危惧していたのですが、大学という環境なればこそ仕事を続けることができました。周産母子センター立ち上げ後は母体産褥搬送の地域の最終ラインとして仕事に退屈している余裕はありませんでしたが、他の仕事は大学人だから与えられた天恵と思っています。今まで科研費をおおむね毎年頂戴して研究ができたのは全く幸運なことでした。また、学術振興会科研費の審査査読、科学技術振興機構の審査査読、医療機能評価機構脳性麻痺原因分析、医薬品治験調整医師業務等々、変わりどころでは医師国家試験委員幹事といった仕事も回ってきました。学外の人とのつながりも多く、仕事を楽しむことができました。山は登るより下山がむつかしいといいますが、自分なりに無事山を下りることができたと安堵しています。 改めて、皆様に感謝申し上げるとともに、ご健康とご多幸を祈念申し上げます。 近年総合人間科学の最古参になっていましたが、この度退職を迎えることになりました。 その昔、私が南方陽先生(生体高分子)に誘われて教務員として着任した頃の物理学教室は、神田洋三先生(故人、半導体センサ)と南方先生の二人のボスに、二人の教務員、それと秘書の方という体制で研究棟の8階にありました。教務員の教育上のデューティーは物理学の実習で、学生レポートの不備を指摘して「再レポート」を命じる、大変な割に感謝されない役回りでした。パソコンの利用が広がっていく時代で、N88-BASIC や Turbo Pascal でプログラムを書きました。実習テキストの原稿を Mac で作ることを始めましたが最初の頃は図が入れられず、紙の切り貼りを秘書の方にお願いしていました。 仕事(研究)のテーマは、学生の頃の筋肉タンパク質から高分子電解質の溶液物性に変わって、蛍光測定などの実験を経て、計算機シミュレーションに(こちらは FORTRAN で)取り組みました。情報処理センター(当時)の計算サーバにジョブを投入し続けた日々が思い返されます。 多くの方にお世話になりました。(病院と事務の方にも大変お世話になりました。)ありがとうございました。光尖端医学教育研究センターフォトニクス医学研究部生体医用光学研究室 教授星 詳子産婦人科家庭医療学講座(寄附講座)特任教授杉村 基総合人間科学講座(物理学) 准教授西尾 卓広お世話になりどうもありがとうございました:中締めのご挨拶転ばずになんとか半田山を下山することができました。思い出話

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