静岡リウマチネットワーク
 

慢性痛雑感  〜後藤内科医院  後藤 吉規〜

浜松医大の第3内科(免疫内科)に入局してから、ずっと膠原病・関節リウマチを専門としてやってきました。ですから、筋肉痛・関節痛などの慢性の疼痛について臨床経験を積んできたわけです。しかし、最近になって慢性の疼痛について、講演会を聞いたり、本を読んで勉強したりしていくうちに慢性の痛みというものは奥が深いんだなと実感するようになってきました。
 まずは、いわゆる(原因不明の)慢性痛の患者との最初の出会いから話を進めていきたいと思います。最近はリウマチ学会などでも話題として取り上げられるようになった「線維筋痛症」ですが、10年ほど前までは自分も知らなければ、同じ医局のリウマチの専門医も誰も知らないという状況でした。たまたま、全身の痛みと血圧の左右差ということで入院患者があり、自分が主治医となりました。最初は大動脈炎症候群、リウマチ性多発筋痛症などを疑い、いろいろな検査を行いましたが、いずれも異常ありませんでした。結局いろいろな文献などを調べていくうちに「線維筋痛症」という疾患があることを知り、診断をつけ、以後は心療内科に治療を依頼しました。実は血圧の左右差というのは、マンシェットの圧迫による痛みにより血圧が上昇したためとわかりました。というのも、最初に右腕で血圧を測定すると、後で計った左腕の血圧が高くなり、逆に左腕で先に計ると、右腕の方が高くなることが判明したからです。その後、自分が「線維筋痛症」と診断した患者数は20名ほどになります。
 ところが、慢性の全身の痛みを訴える患者さんで、「線維筋痛症」の診断基準にあてはまらない方が時々みえて何の病気かなと診断に苦慮することがありました。そんな時、2006年7月の東海膠原病研究会で中部労災病院心療内科の芦原睦先生の講演を聞き、「線維筋痛症」とは異なる疼痛性疾患として「身体表現性障害」というものがあることを知りました。さらに10月に東京女子医大「心の診療科」の山田和男先生の「心因性疼痛」の講演を聴き、「身体表現性障害」に関する理解が少し深まりました。慢性痛(心因性疼痛)の原因疾患として代表的なものはうつ病と「身体表現性障害」があり、「身体表現性障害」は「疼痛性障害」や「身体化障害」などにさらに細分化され、「疼痛性障害」には抗うつ剤が有効だが、「身体化障害」には無効であるということでした。また、ベンゾジアゼピン系薬剤を漫然と使用することは避けるべきで、米国ではベンゾジアゼピン系薬剤による臨床用量依存症(常用量の薬剤を内服していても、なかなか薬を中止できなくなる状態)に関する訴訟が絶えないとのことでした。講演の後、山田先生にいろいろうかがっている中で、以前メイヨークリニックのペイン・マネッジメント・センターの所長だった丸田俊彦先生について話が言及しました。全米中の原因不明の慢性痛患者がメイヨークリニックに集まり、丸田先生に診てもらってよくならない人は治癒の見込みはないという最後の砦のような先生だったという話でした。そこで丸田先生の著書を浜松市立図書館で調べた所、中公新書に「痛みの心理学」という本が検索結果として出てきたので早速借りて読んでみました。幻肢痛のこと、痛みとプラセボのことなど興味深い内容でした。その中でも一番自分にとって斬新な内容は「現在、痛みを専門とする人の多くは、知覚、情緒の両方を痛みの一部と考えます。」という記載でした。今まで自分の理解としては痛覚を触覚などと同じく知覚としてのみとらえていたので、痛みが直接情緒にも関与するということを知り、痛みに関する理解が変わってきました。メイヨー・クリニック版「慢性痛」がわかる本(2004年 法研 発行)にも痛みのメッセージは視床に達し、視床から身体的感覚部位(体性感覚皮質)、感情的感覚部位(大脳辺縁系)、思考部位(前頭皮質)に同時に転送されるため、痛みの意識は、感覚、感情、思考面での経験が複雑に入り混じっているという記載がされておりました。さらに最近のfMRI(脳のどの部位が活性化されているかが可視化されるMRI検査)の研究(Molecular Pain 2005, 1:32)でも乾癬性関節炎の患者で関節痛がおこると、視床、体性感覚皮質だけでなく、島(大脳辺縁系)や前頭皮質が活性化され、鎮痛剤投与にて活性化信号が消失するということが報告されていました。また、「痛みの心理学」によると「喜びや悲しみが、今、身と心をもって感じられるように、痛みもまた、今、身と心をもって感じられるのです。」とも記載されていました。つまり、痛みも記憶の残るということです。さらに「患者さんの訴えが、慢性の痛みの症状ならどうしようもないけれど、抑うつの症状なら治療可能」という考えが医師の側に出来上がりつつあるとのことでした。この本が出版された(実はこの本は現在絶版になっておりますが、偶然にも市内の古本屋チェーン店にて販売されているのを発見し、現在手元に一冊あります)のは1989年で精神障害の分類はDSMIIIでしたので、DSMIVにあてはめると、山田和男先生の講演から引用させていただくと「うつ病」や「疼痛性障害」による慢性疼痛は抗うつ剤にて治療可能だが、「身体化障害」による慢性疼痛は治療が難しいということになるのでしょうか。最近の慢性痛に関する総説(Molecular Pain 2006, 2:30)でも慢性痛は時間が経てば経つほど治療が困難になると記されていました。
 現在当院にも何名かの慢性痛の患者がいらっしゃいます。山田和男先生の講演では「身体表現性障害」の患者を診たら、自分が治してあげようという気持ちを持たないこと、適切な時期に精神科に紹介すべきことなどを列挙されていました。

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